伊佐の魅力

日新公(じっしんこう)いろは歌 「と」(第7首)

2019/01/18

歴史

とがありて人を斬るとも軽くすな 活かす刀も ただ一つなり

⇒科(罪)のないものを切ってはもちろんならないが、たとえ罪があっても刑を行うにあたって、軽々しく行ってはいけない。殺人も活人も心一つで決まる。

日新公いろは歌 「へ」(第6首)

2019/01/17

歴史

下手ぞとて我とゆるすな稽古だに つもらばちりも やまとことのは 

⇒自分は下手だと卑下して努力を怠ってはならない。稽古を積めば少しづつ進歩して、遂には上手になれる。ちりも積もれば山となる。継続は力なり。

日新公いろは歌 「ほ」(第5首)

2019/01/16

歴史

仏神他にましまさず人よりも 心に恥ぢよ 天地よく知る

⇒神仏はどこにでもいるものではない。自分の中にいるのだ。恥ずべき行動をしたら、自分の良心に恥じよ。世間は欺けても自分の心は欺けない。

日新公いろは歌 「に」(第4首)

2019/01/15

歴史

似たるこそ友としよけれ交らば 我にます人 おとなしきひと

  ⇒人は自分と似たような人と仲良くなるが、それだけでは進歩は望めない。自分より優れた見識を持つ者を友とすることで自己研鑽をすることが必要だ。

日新公いろは歌 「は」(第3首)

2019/01/14

歴史

はかなくも明日の命を頼むかな 今日も今日と 学びをばせで

⇒明日のことは誰もわからない。勉学修行を明日に引き延ばし、もし明日自分が死んだらどうするのか。今この時を大切にすべきだ。

日新公いろは歌 「ろ」(第2首)

2019/01/13

歴史

楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは高きいやしき

⇒立派な御殿に住んでいようと、粗末な小屋に住んでいようとも、それで人間の価値は判断できない。心のあり方によってこそ真価が決まる。

日新公いろは歌 「い」(第1首)

2019/01/12

歴史

いにしへの道を聞きても唱へても わが行に せずばかひなし

⇒(意味)昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけでは、役に立たない。実践、実行することがもっとも大事である。

 

たのかんさあ

2018/05/01

自然, 歴史

鹿児島の田んぼのあぜみちを歩いていると、「田の神さあ」とよばれる石像をよく見かけます。田の神は、その名示す通り田んぼを守り、米作りの豊作をもたらす農業神。稲作のある日本全国の各地で信仰され伝わっていますが、それが石像として田んぼのあぜなどにあるのは、鹿児島を中心とした旧薩摩藩領(鹿児島県本土よび宮崎県南部)に限られるそうです。約2000体の田の神が確認されていると言われています。いつも自分たちを見守ってくれる身近な神様です。伊佐の田の神さあ、顔もいろいろ、帽子をかぶっていたり、いかったり と。これは旧菱刈町にある田の神ですが、旧大口市にもまだまだ面白いのがいっぱいあります。