伊佐の魅力

日新公いろは歌 「ろ」(第2首)

2019/01/13

歴史

楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは高きいやしき

⇒立派な御殿に住んでいようと、粗末な小屋に住んでいようとも、それで人間の価値は判断できない。心のあり方によってこそ真価が決まる。

日新公いろは歌 「い」(第1首)

2019/01/12

歴史

いにしへの道を聞きても唱へても わが行に せずばかひなし

⇒(意味)昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけでは、役に立たない。実践、実行することがもっとも大事である。

 

たのかんさあ

2018/05/01

自然, 歴史

鹿児島の田んぼのあぜみちを歩いていると、「田の神さあ」とよばれる石像をよく見かけます。田の神は、その名示す通り田んぼを守り、米作りの豊作をもたらす農業神。稲作のある日本全国の各地で信仰され伝わっていますが、それが石像として田んぼのあぜなどにあるのは、鹿児島を中心とした旧薩摩藩領(鹿児島県本土よび宮崎県南部)に限られるそうです。約2000体の田の神が確認されていると言われています。いつも自分たちを見守ってくれる身近な神様です。伊佐の田の神さあ、顔もいろいろ、帽子をかぶっていたり、いかったり と。これは旧菱刈町にある田の神ですが、旧大口市にもまだまだ面白いのがいっぱいあります。

「新納忠元」

2018/04/01

歴史

3月に発売されたフィナンシェ「さぞな春」の由来にも関係する「新納忠元」は、薩摩島津家の重臣で和歌の名手でした。天文七年(1538)、島津貴久に謁見し、以後、義久・義弘・家久に仕え、数多くの合戦に功をたてました。天正二年(1574)、肝付・伊地知氏を帰順させ、同八年以後、肥後攻略の将として活躍しましたが、同十年には肥前の戦で子の忠堯を失っています。
 「豊臣秀吉」の九州進攻の際、当主「義久」の和議の方針に反対して抗戦を主張しましたが、結局「義久」の説得により降伏しました。「鬼武蔵」と呼ばれてその武勇を怖れられる一方、学芸にも長じ、和歌・連歌を好まれました。陣中、火縄の明りで古今集を読んだとの逸話が伝わっています。「細川幽斎」に和歌の指導を頼んで受けられました。
 さて、さぞな春。「さぞな春つれなき老いと思ふらむ今年も花ののちに残れば」という歌は、妻が病没し、その翌年三月に詠んだ歌で、「つれなき」は、亡き妻に対して「つれない」ことを意味すると共に、「連れなき」を掛けて、「妻に先立たれた」の意を響かせています。「花ののちに残れば」は、妻に死に遅れたことを歌含んでいます。奥さんへの愛を詠っています。なんだか悲しくもありますが、ロマンチックですね。

関白陣って?!

2018/03/01

歴史

関白陣は、伊佐市の曾木というところにある山にあります。島津征討の目的を果たした「豊臣秀吉」が天正15年(1587)、最後まで徹底抗戦した当時の大口城主「新納忠元」と会見した陣営跡です。
大口盆地を一望に見渡せる眺めは秀吉の陣営として最適地でした。確かに左の写真のように見晴らしが素晴らしいです。ここで「新納忠元」は、秀吉に向かって「主の命さえあればすぐ敵対する」と答えたほどの勇猛な武将でした。
「細川幽斎」が、酒盃を呑み干した「忠元」の白髭を見て『鼻の下にて鈴虫ぞなく』と詠んだところ、「忠元」は『上髭をちんちろりんとひねりあげ』と上の句をつけて返歌し、居並ぶ諸将を感心させた歌の達人でした。
「新納忠元」は、これ以外にも味のある歌を詠んでいます。そのひとつが「さぞな春」です。ちなみに、今月発売されたフィナンシェも「さぞな春」。これについては、またの機会にご紹介します。

伊佐の名物朝霧

2018/02/01

自然

写真は1月20日、朝8時30分。伊佐工房周辺は、伊佐名物朝霧がかかっていました。幻想的な景色です。この辺は、よく朝霧がかかって、前が視えないほどなのです。
代表が可愛い?中学生時代、こんな朝霧の中を中学校へ通っていました。朝霧は、空気中に含まれる水蒸気が急に冷やされて、たくさんの小さな水滴が地面に近い空中に浮かんでいるものです。
朝霧はなぜ発生するのか。1つには伊佐は盆地であり川内川が流れていること、2つ目は1日の温度差が影響してからです。
伊佐の盆地は、標高180m前後で、海岸沿いにある平地と比較して年平均気温が1.5℃も低く、日中の気温差が朝方は氷点下の世界で1日の気温差は10℃くらいあるため、春や秋にはしばしば霧が発生します。
とても幻想的で、素敵な風景です。

南国鹿児島の「氷祭り」

2018/01/01

自然, 行事

 伊佐は鹿児島の北海道と言われ、1月の最低気温は氷点下6℃にもなります。2016年には、観測史上初の氷点下15.2℃を記録しました。
伊佐工房前の街路樹も寒さで枯れてしまうほどでした。ここは、南国鹿児島かと疑いたくなる寒さ。この寒さを活かして、毎年氷祭りが開かれています。2018年は2月2日(土)、3日(日)に開催されました。
氷の彫刻あり、氷の滑り台ありの愉しいイベントでした。
 写真は、2016年観測史上初の氷点下15.2℃の時の工房付近の写真です。写真の氷中広告は、今年の氷まつり時にだした広告のです。

鹿児島の北海道?

2017/11/26

自然, 行事

伊佐は11月でも最低気温が氷点下になります。伊佐市の11月の平均最低気温はマイナス0.5℃、最高気温は35.3℃という気温差です。寒いし、暑いし、地元の人は大変です。しかし、そのお陰で美味しいものがたくさんできます。
2017年の11月21日の朝は、氷点下3.2℃度を記録し、地元のTVでニュースになりました。写真の田んぼにも氷が張っていました。